4回目は ここ にも書きましたが、93年1月号の「フィル・スペクター」特集での対談。
司会、萩原健太氏によって、大瀧×山下対談が行われました。
「フォー・シーズンズ」特集と同様に、健太氏によるスペクターのバイオグラフィーの記事の後に、「"50年代" を発展させた新しいポップス制作術」というタイトルで、10ページに渡り対談が行われております。
もちろんまたまた濃厚な内容の対談だったのですが、面白かったのが対談の一番最後のところで
「もしスペクターが復活するなら NO.1ヒットを出さなくちゃダメ。」
「伝説が復活するということはそういうこと。」
「でもダメでもいいじゃない。オレがスピリット受け継いでやってんだから。」
という大瀧師匠の発言に対して健太氏
「早くそれをまた形にして下さいよ。」
そこで師匠
「スイマセン。全くだ。実行が難しいんだなぁ。コレが(笑)。」
(引用元 : レコード.コレクターズ誌 93年1月号)
同ページにはその時の模様と思われますが、大瀧師匠が顔を押さえて面目なさそうに下を向き、達郎、健太、両氏が笑っている写真が掲載されております。
その後、みなさんご存知のように85年の「フィヨルドの少女/バチェラー・ガール」のシングル以来、12年ぶりにリリースした97年の「幸せな結末」がミリオンヒットを記録しました。
見事に伝説を復活させたわけです!
こんな快挙をあげた日本人ミュージシャン、他にはいないでしょう。
さすがは師匠!
......その後しばらく、達郎氏のレコ・コレ対談の企画はありませんでしたが、2000年10月号で久しぶりに、Barry Mann (バリー・マン) 特集の中で座談会が行われました。
朝妻一郎氏、長門芳郎氏、そして達郎氏の三者での座談会でした。
今日現在、こちらはまだバックナンバーが手に入るようですので、興味のある方はぜひご覧下さい。
レコード・コレクターズ : 1993年 1月号
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